JACET全国大会(2000.11.4.沖縄国際大学)
What is required and acquired: the use of the Internet in language education
はじめに
中部大学語学センターと外国語教室は、1993年度末から語学教育でのインターネット利用を推進してきた。この間、英語授業内での利用のみならず、英語以外の科目、授業外の課題、語学センターでの全学向けサービスなど、様々な形態と目的で学内LANとインターネットを語学関連教育で活用してきた。本事例研究では、その活動を振り返り、インターネット利用教育に必要なもの、具体的な手法、そこから得られたものを整理して示し、今後の教育とインターネットの関係についての展望を試みる。
6年半のインターネット利用英語教育の実践で見えてきたもの
発表者らは、英語教育に試験的に課外の課題としてインターネット利用をはじめて以来、インターネット利用をカリキュラムに組み込んだ「情報英語」の他に、時事英語、リーディング、ビジネス英語などの授業の一部に随時インターネットを利用した活動を取り入れてきた。授業から離れて、学生が英語で自由に参加し発言するオンライン会議室も運用している。さらには、市民向け講座として小中学生を対象としたインターネット利用の国際交流活動も展開している。これらの横断的な実践の中で様々な授業改革・教授法開発を行ってきた。その鍵となるのが、常に「オープン」であることだった。
「オープン」であることの意味
様々な実践を通じて「オープン」であったことは、指導上最初から配慮したというよりも、インターネットやコンピュータを利用する上で、情報やアクセスをオープンにしておく方が、限定したり一斉に同じ学習行動をとらせるよりも遙かに効率的だったからだ。
教員は授業の計画、個々の課題の解説、授業用資料などあらゆるものをwebページやメールなどで受講生に対してオープンにしてきた。授業計画や資料を学生に配布することは以前より行ってきたが、ネットワーク上で常時アクセス可能なものとすることによって、単なる「配付資料」の域を脱した、よりダイナミックな、授業の場そのものに準ずるものにまで発展してきた。また、学生からの質問も常時電子メールやweb上の掲示板で受け付け、「24時間営業」の指導を展開することになった。これは単に指導時間が長くなったというだけでなく、学生と「いつもつながっている」という質的な転換をもたらした。
学生たち自身も常にオープンであることが求められた。学生たちが書くものはメーリングリストやネットニュース、web上の掲示板などの場で、ごく一部を除いては公開されてきた。お互いの英語を読みあい、刺激しあうことが常に求められている。その相手も、一つの授業やクラスの枠にとどまることは滅多にない。また、完成品としての英語だけでなく、英語を学習するプロセスを公開・共有化することも進められた。
このような学習環境の中で、学生は、単に英語を「勉強」したり独りよがりな「作文」を書くのではなくて、具体的な読み手を意識した表現をすることを常に求められた。このことは、ほとんどの学生にとってははじめての経験であり、刺激されつつもとまどう場面もしばしば見られた。自己紹介一つとっても、形式的な「所属紹介」ではなく、自分らしさを表現することが求められ、その「自分らしさ」とは何かが見いだせないのである。
そのような「表現するもどかしさ」を通じて、多くの学生がはじめて英語でコミュニケーションすることの意義を見いだし、改めて英語の学習に取り組んできている。
「オープン」な環境で学ぶには何が必要か
学生たちの新たな学習意欲を支えるために、教員にも学生にも様々な発想の転換が必要となった:
- 共同作業が再評価され、重視される。個々の学習者の学習プロセスを公開・共有するために、Webnotebookという仕掛けを開発し運用している。
- コミュニケーションの前提となる、自己の認識と他者を理解する意志、状況に即応する柔軟性も必要となる。
- 学習者のレベル分けは必要なくなった。主体的なコミュニケーション活動の場では、所詮一人一人が自分の能力と意図を理解して言語を運用し必要な知識を獲得していくしかないからである。
- クラス全体で同じ活動をし、同じように進んでいくということも、導入的な場面を除き、極端に少なくなった。コースの全体像、資料などはすべて常時公開され更新されている。学習者はそれを利用しあくまで自律的に学んでいく。
- 教員は個々の学生のサポートに徹し、学習者同士も直接的・間接的に助け合っている。
これらの変化にともない、筆者たちは様々なインターネット上の仕掛け・手法を開発し、活用してきた。その具体的な例は、発表の場で紹介する。
気がついたときには、上記はすべて、本来教育が目指すべきことだったように思えてきた。インターネットの特性を生かすために、「オープン」であることを指向したのだが、その結果教育の本来あるべき姿に、旧来のやり方にこだわず、迫っていくこととなった。
展望:教育環境としてのインターネット
6年半の実践を通じて、常にそれ以前の手法を乗り越え、新しい発想をしていくことが必要だった。また、インターネットという急激に進化する教育環境はそのような新たな発想を受け入れる奥深さがある。その中で従来の語学教育に欠けていたものと今後目指すべきものがかなり明らかになってきたようにも感じている。日本の英語教育改革を求める声が急に高まってきたことと、インターネットが急激に普及していることは、偶然の一致ではないのだ。
1993年度
- 尾関修治着任。
- 語学センターのインターネット利用環境の整備が始まる。
- 教育実験用サブネットhyper.chubu.ac.jpの設置。
1994年度前期
- オハイオ大学短期留学中の中部大学生と中部大学在学生の間でメーリングリストを利用して英語による日常的交流を課外学習として実施。
- 語学センターメールサーバー導入。
1994年度後期
- メーリングリストサービス開始。JALTCALLなどの各種語学教育関係学会・研究会のメーリングストを設置しはじめる。
- 中部大学在学生の間でメーリングリストを利用した英語による電子会議を課外学習として実施。
- 英作文添削指導のためのローカルニュースグループ開始
- TESOL 95(ロングビーチ)で成果を発表。
1995年度前期
- 外国語科目新カリキュラム開始。
- 語学教育専用WWWサーバー(langue.hyper.chubu.ac.jp)始動。
1995年度後期
- 教員個人のホームページ設置始まる。
- JALT全国大会で成果を発表。
- 語学メディア教室、語学メディアラボ開設。
1996年度前期
- 「実用英語C」(後の「情報英語A」)開講。
- 授業用ホームページを開設。
- 授業用メーリングリストmaclabを開始。
- 英語メーリングリストcallを開始。
1996年度後期
- WebNotebookプロジェクト開始。
- 自己紹介表現集投稿ページ(WebNotebook)開始。
- TESOL 97(オーランド)で成果を発表。
1997年度前期
- 「実用英語C, D」を「情報英語A, B」と改称。
- 法学部学生のための英語表現集TalkLaw (WebNotebook)開始。(河村春美氏、滝沢美里氏との共同プロジェクト)
- 語法収集ページGOHHO (WebNotebook)開始。
- ホームページリンク投稿ページWeblink (WebNotebook)開始。
- 仮想英語学習空間saMOOraiを開始。(淡路佳昌氏との共同プロジェクト)
- LLA全国大会でフォーラム「インターネット時代が日本の語学教育に求めるもの」実施。(尾関修治、小栗成子、河村春美、三枝裕美)
- FLEAT III(ビクトリア)で成果を発表。
1997年度後期
- saMOOrai授業利用開始。
- 英作文公開ページTHABTO (WebNotebook)開始。
- 「ビジネス英語」自動採点ページ試行開始
1998年度前期
- ネットニュースでの英語表現集ページNetExpressions (WebNotebook)開始。
- Japan Today Trivia Quiz (WebNotebook)開始
- LLA全国大会(福岡)で成果を発表。
1998年度後期
- 国際関係学部WWWサーバー(www.intl.chubu.ac.jp)始動。
- JACET全国大会「私の授業」で「情報英語の実践」を報告。
1999年度前期
- 「親子インターネットセミナー」実施。
- 異文化情報・意見交換ページminiTHABTO (WebNotebook)開始。
- AILA世界大会(東京)で成果を発表。
- JACET賞実践賞受賞。「情報英語の実践」に対して。
- 「きっずせみなあ」実施
1999年度後期
- 語学センター主力WWWサーバー(www-clc.hyper.chubu.ac.jp)始動。
- 「教員のためのインターネットセミナー」実施。
- TESOL 2000(バンクーバー)で成果を発表。
2000年度前期
- 小栗成子着任。
- プロジェクト報告掲示板利用開始。
- 語彙・表現集登録用簡易データベース利用開始。
- 英作文添削指導ページtreeTHABTO (WebNotebook)開始。
- 「リーディング」レポート掲示版開始。
- 「英語表現法」添削指導掲示板開始。
- 日本語教育メールマガジン「夢を目指して」発刊。
- 「きっずせみなあ」「ジュニアせみなあ」実施。
- FLEAT IV(神戸)で成果を発表。
2000年度後期
- Show & Tell掲示板プロジェクト開始。
- 「教員のためのインターネットセミナー」実施。
- 英作文添削メーリングリスト・dojo ML開始。
- 学外向けオンライン語学教育サービス試験運用(予定)
- 語学メディア教室、語学メディアラボ、SIルーム機器更新工事。
2001年度前期
- 語学センター新メディア教育システム始動。
- 新データベースサーバーシステム運用開始(予定)
2001年度後期
- ビデオストリーミングサーバー運用開始(予定)
2000年度後期にはこんな授業でインターネットを利用しています:
- 情報英語B(週6クラス)
- リーディングB:小栗成子
- 英語コミュニケーションD:尾関修治
- 英語コミュニケーションD:鈴木 博
- 英語表現法B:小栗成子
- ビジネス英語B:小栗成子
- パセオ
参考にしてください:
- コンピュータネットワークは、一斉授業には向かない。それぞれの人が、それぞれのペースで、それぞれの時間帯で、それぞれの目的意識を持ってバラバラに、でも協調して作業していくために考え出されたのがコンピュータネットワークだから。ちなみに「学ぶ」とは、誰かの知識をみんなで一斉にコピー&ペーストする(板書を書き写す、誰かの翻訳をただ聴いている、教科書を丸暗記する、辞書をひきまくるetc.)ことではない。
- 共有できない情報は死んだ情報。使ってみることのできない学習は死んだ学習。死んだ情報や死んだ学習に学習者を縛り付けるのは困難。学んだことをすぐに共有させることで、学びの意義付けをしよう。他人を出し抜くために学ぶのではない。
- ネットワークを使うのは「動機付け」ではない。そう考えている人=旧来のやり方を実は変えられない人は、ネットワークを使うと失敗する。
- 説明は、口頭や印刷物でするのでなく、学習者の目の前に見えているwebページにあらかじめ周到に埋め込んでおくほうがよい。でも、一番よいのは、説明不要なわかりやすいページと課題を設定すること。
- 今何をしているのか、学習者に自省させることが大切。ノートは教師が言ったり書いたりしたことを写させるためではなく、自分の学習経過を記録するために使わせよう。
- 電子メールは、一番基本的なツールだけれども、個人利用の環境を前提としているので、共同利用のパソコンでは使いにくい。
- コピー&ペーストの便利さはきちんと教えよう。そして、コピー&ペーストですんでしまわない授業を考えよう。
- 単位のために他人を利用したり、授業だけの目的でペンパル(=へたな英文電子メールを親身に読んでくれる友達)を使い捨てにしたりしてはいけないという倫理観を、教師も学生もしっかり持とう。目的と手段が逆転していると、人を傷つける行為をしてしまう。
私たちが刺激を受けた本から:
- 佐伯 胖・藤田英典・佐藤 学.「表現者として育つ」シリーズ学びと文化5.東京大学出版会.1995.
- 佐伯 胖・藤田英典・佐藤 学.「学び合う共同体」シリーズ学びと文化6.東京大学出版会.1996.
- 佐藤 学.「教育改革をデザインする」シリーズ教育の挑戦.岩波書店.1999.
- ドン・タプスコット.「デジタルチルドレン」ソフトバンク.1998.
- 戸塚滝登.「コンピュータ教育の銀河」晩成書房.1995.
- イヴァン・イリッチ.「脱学校の社会」東京創元社.1977.
- Warschauer, Mark. ed. Virtual Connections. University of Hawai'i at Manoa. 1996.
- エスター・ダイソン.「未来地球からのメール リリース2.0:21世紀のデジタル社会を生き抜く新常識」集英社.1998.